
●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2026年3月
蓮池薫さんから学んだこと
2月下旬、出版社の計らいで、新潟産業大学の蓮池薫特任教授と対談した。蓮池さんは1978年に北朝鮮によって拉致され、24年間を平壌近郊の招待所などで過ごした。蓮池さんは想像していた通り、知的水準の高い聡明な方だった。
ちょうど北朝鮮で第9回朝鮮労働党大会が終わった翌日に対談した。蓮池さんも拉致されて2年後の1980年、第6回党大会を目撃している。「当時の党大会は、金正日総書記を英雄のように扱っていました。時代が金日成から金正日に変わったことを知らせる意味があったと思います」と語る。何よりも、テレビで党大会の様子を熱心に見ている北朝鮮の人々の姿が印象的だったという。半世紀を経て、北朝鮮の人々は共産主義の理想も政治への関心も失ってしまったようだ。
蓮池さんは今も朝鮮労働党機関紙の労働新聞を読み込んでいるという。先日は、北朝鮮が地方に日用品の製造施設を完成させたというニュースが目に留まったそうだ。蓮池さんは「写真を見る限り、私たちが拉致されていた時に使っていた真四角の石鹼をまだ生産しているようです」と話す。当時、その石鹸一個で、髪や体を洗い、食器を洗い、洗濯もした。質が悪く、よくない匂いが記憶に残っているという。
「支給される食用油も黄色い質の悪いものでした。一度煮て、不純物を取り除いてから、ようやく使っていました」という。金正恩氏は「全国の児童に乳製品を供給せよ」と命じている。しかし、北朝鮮で乳牛を見ることはほとんどない。冷蔵した牛乳を運ぶコールドチェーンもない。蓮池さんはたまに牛乳が配給されると、用心のために一度煮てから飲んでいたという。北朝鮮はミサイルや核兵器は作れても、日常生活の質はほとんど向上していないようだ。蓮池さんは「北朝鮮ではゴミがほとんど出ません。卵の殻や魚の骨は干してから、豚などの飼料にします。自宅に水洗トイレがあっても使わず、アパートの前の汲み取り式のトイレを使う人も多いのです。北朝鮮では農作物を育てる堆肥をつくるために、大便を一定量、農村に提供しなければならないからです」と話してくれた。
私も2006年、蓮池さんが住んでいたという平壌郊外の順安空港そばの招待所を訪れたことがある。むき出しのコンクリート製の土間があり、そこで煮炊きをする冷え冷えとした光景が記憶に残っている。蓮池さんにそのことを話すと、やはりそこが、蓮池さんが住んでいた場所のようだった。浴室で洗濯板と洗濯棒を使い、苦労しながら洗濯していたという。
党大会では、金正恩氏が演説している間、幹部たちが一心不乱にメモを取っていた。蓮池さんは「どうすれば、最高指導者に忠誠心を示せるかと考えるのです。そのためには、一生懸命メモを取るのが一番良いのでしょう」と話す。「拍手も自分の顔の位置まで両手を上げて、一生懸命叩かないとだめです」。北朝鮮の社会全体が、最高指導者に忠誠をいかに示すかという価値観で支配されている。自分や家族を守るためなら、忠誠心を持っても持たなくても、とりあえず一生懸命メモを取り、拍手をしなければならない。
いきなり言葉もわからない場所に拉致された蓮池さんは自分と家族を守るため、一生懸命に生きた。自分の子供にすら、自分の本当の出自を明かさずに生きるなど、私には想像もできない。まだ北朝鮮に残っている拉致被害者の方々の一日も早い帰国を願わずにはいられない。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)





















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