●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2016年3月 韓国の政治家
最近、よく自宅に電話が掛かってくる。ほとんどが世論調査のための音声サービスだ。家事を邪魔された妻が、受話器を片手に「私たちは外国人なんだから答えなくて良いんでしょ」と怒っている。
韓国では4月13日に総選挙(議席数300)が行われる。2月末の今は、主要政党が選挙区ごとの公認候補を誰にするかという作業に追われている。4年に1度の選挙であり、来年末の大統領選の行方にも影響を与えるとあって、ソウル市内のあちこちでも、候補者たちの巨大な顔写真が描かれたポスターがあふれている。
少しは韓国政治の勉強もしておかなければと思って、2012年まで国会議員を務めていた知人を呼び出して食事をした。
彼は私より1歳年上。私が昔、ソウルに留学していた頃に自宅に招いてくれたこともある。2008年の総選挙で、大物政治家を向こうに回してまさかの勝利を収め、4年間国会議員を務めた。
焼酎を飲みながら、国会議員時代の思い出を聞くと、「苦労ばっかり。陳情の処理だけで嫌になった」と話す。
交通違反のもみ消しや大学入学の口利きなどは、日本の政治家からも同じ話を聞いたことがある。「ソウル大の有名な教授の手術を一刻も早く受けたいから何とかしてくれ、という陳情もあった」と彼はため息をつく。彼はソウル大の知り合いに電話をして、「ほんの1週間でいいから、予定を繰り上げてやってくれないか」と頼んだそうだ。
冠婚葬祭の付き合いも欠かせない。ご祝儀や香典の支払いは問題になるが、さりとて、払わないと、「あいつは付き合いが悪い」と突き上げられる。「仕方が無いから、友人の名前で祝儀や香典を包んだ。後で、こっそり、誰が払ったかわかるように、当人にだけ伝えたこともあった」という。
韓国では日本と違って2世や3世議員が少ない。選挙が行われる度に、多様な分野から人材を集めて登用するのは悪いことではないが、その代わりに競争も苛烈になる。友人も、冠婚葬祭の費用などで散々、私財をなげうったという。
彼は「もう政治家になるつもりはないな」と言いつつ、二本目の焼酎を頼んだ。「そういえば、新聞記者にも困ったヤツがいた」と話す。彼も当時、新進気鋭の政治家として新聞に度々登場していた。記者たちと会食することも度々あったという。「もちろん、全部費用はこっちもち。ひどい記者になると、2次会に行こうと、せがむ奴までいたよ」とぼやいた。
急に酔いが冷めた。「今日は、私がおごりますか」と言って、慌てて伝票をつかんで店を出た。
(朝日新聞社 牧野愛博)