●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2020年4月
新型コロナと遊就館
「この前の立憲民主党の対応には驚かされた」。先日面会した自民党議員がこう語った。新型コロナウイルスの集団感染を契機に改正された新型インフルエンザ特別措置法を巡る話だった。
3月初め、安倍晋三首相が特措法を改正する考えを示した。これから緊急事態宣言を出さなければいけない状況に陥ったときに備えるというものだった。
これに対し、立憲民主党からは「解釈で同法を新型コロナにも適用できる」として改正は不要だという声が上がった。最初に紹介した自民党議員の発言は、この立憲民主党への反応だった。この自民党議員は「だって、緊急事態宣言が出たら、国民の権利は制限されるんだよ。解釈でむやみに適用範囲を広げれば良いってもんじゃないだろう」と語った。
「本当に緊急事態宣言が必要になる事態に備えるのであれば、解釈ではなくてきちんと法手続きを踏んだ改正であるべきだ。でも、簡単に宣言が出せないよう、付帯決議をつけるように努力しようと思う」とも言っていた。
この議員によれば、新型インフルエンザ特措法が民主党政権時代に成立したこともあり、立憲民主党には「この法律では不十分なのか」という思いがあったのだという。結局、この自民党議員の言った通りになった。3月13日、特措法は付帯決議をつける形で改正された。
私は最初にこの話を聞いたとき、立憲民主党の対応が一番良いのではないかと一瞬早合点した。緊急事態宣言を出すことができる法律の範囲を広げる改正をむやみにやるべきではない、という浅い考えが頭の隅のどこかにあったからだ。自民党議員の説明を聞いた後、短絡的に考えた自分を恥じた。
物事は色々な角度から深く考えないと、時に早合点につながる。
3月の別の日、私はある戦史研究の専門家に面会した。この専門家は靖国神社の遊就館がなぜ「大東亜戦争」「支那事変」という名称を使い、戦時中の価値観をそのまま伝えるようになったのか、その背景について教えてくれた。
この専門家によれば、遊就館は戦後からしばらくは、戦没者を鎮魂するための展示が主だった。展示が変わるきっかけになったのは、歴史学者の故家永三郎教授が、太平洋戦争などを侵略戦争と定義するうえで、戦死者は犬死だったとしたことが契機だったという。
この専門家は「ご遺族してみれば、自分の父や夫たちが犬死だったと言われたらたまらないでしょう。無駄死ではないと主張するため、大東亜戦争など戦時中の価値観にすがったんですよ」と語る。遺族会は遊就館の重要な支援者であることから、遊就館もその姿を変えていったという。
家永氏の言い分もわかるが、物事には様々な側面がある。一面だけ切り取れば、予想しなかった反応も招くことになる。
新型コロナ問題で、世論は恐怖や不安からストレスを感じている。先の自民党議員は「こういうときは、過激な政策ほど世論受けする。与党である我々は慎重に対応するより大きな責任がある」と語った。
(朝日新聞社 牧野愛博)