●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2018年6月 李雪主氏のファッション
4月27日に板門店で南北首脳会談が開かれた。午前中に会談が開かれた後、夕食会から北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妻、李雪主氏が参加した。中継された現場の映像を見ると、正恩氏が笑顔で李雪主氏の方ばかり見ているのがよくわかった。隣にいる文在寅韓国大統領夫妻があれこれ話しかけても上の空のようだった。それだけ、夫婦仲が良いということだろうか。
意外だったのは、翌日の韓国メディアの「ブランドチェック」がほとんどなかったことだ。韓国はこれまで、李雪主氏のファッションを過剰といえるほど追いかけ回してきた。たとえば、2012年7月に李雪主氏が公式に登場して以降、正恩氏とおそろいの黒い腕時計をしているが、それはスイス製の高級ブランド「モバード」だ、と相次ぎ報道したこともある。
後日、北朝鮮情勢に詳しい韓国の国会議員と会ったときに、この話をすると、議員は「どうも李雪主がうまく、ブランドを隠していたようですね」と教えてくれた。過剰に騒がれないよう、気を遣ったということらしい。
この議員も女性なのだが、彼女も服装には気を遣うという。政治家なので清潔感は重要だが、華美な服装にならないよう意識しているそうだ。彼女自身は質素でおよそ豪華な雰囲気とは無縁の人だが、それでもブランドがわかるような服を着ないように意識はするという。
この議員は「まあ、韓国も最近はブランドに対する意識は変わってきていると思いますよ」と話してくれた。「どうしてですか」と語ると、自分が着ているスーツを指さして、「このスーツは10年ずっと着ているですが、周囲の反応がちょっと変わってきたんです」と教えてくれた。
昔、こういう話が出ると、周囲は一様に「金がないのか」という反応ばかりだったという。ただ、最近は「10年もスタイルが変わらないなんて素晴らしい」という反応をする人も現れ始めたのだそうだ。それだけ、韓国も豊かになって人々の心に余裕が出始めたということなのだろう。
今、平壌の街の映像を時々見かけるが、確かに道行く人々の服装は華やかになった。というよりも、派手になった。最近、訪朝した知人が理由を教えてくれた。
「もともと、白か黒というモノトーンの制服がほとんどだった。でも、今や工場はろくに稼働せず、制服を支給してくれるところもない。みんな裸で歩くわけにはいかないから自分で調達する。調達できる服はみな安い中国製だから、あんな派手な色合いになるのさ」
北朝鮮では貧富の格差も広がり始め、金持ちがことさら自分の富裕ぶりをひけらかすことも多いそうだ。李雪主氏が「例外中の例外」とならない日は、遥かに遠そうだ。
(朝日新聞社 牧野愛博)