
●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2025年6月
韓国大統領選とユーチューブ
韓国大統領選が終わった6月4日、ソウルに住む韓国政府元当局者と夕飯を共にした。彼は89歳の母親から突然、頼みごとをされて困ったという。「旅券をつくっておくれ」。海外旅行の経験もないのに、なぜ。その時はあいまいに答えたが、大統領選が迫った5月末、母親が再び問い詰めた。「旅券はもうできたの。大統領選が終わってしまう」
大統領選と旅券になんの関係があるのか。元当局者が尋ねると、母親はこう答えた。「(進歩=革新系の)李在明氏が大統領になったら、韓国(朝鮮)戦争の時と同じように、老人をすりつぶして油を搾り取るそうだ」。突拍子もない話をどこで聞いたのか。ユーチューブだった。
元当局者は「韓国ではお年寄りもユーチューブばかり見る。(ソウル市の中央部を流れる)漢江の川べりを散歩するお年寄りも皆、スマホでユーチューブを見ている」と語る。韓国・毎日経済新聞が24年7月に報道した内容によれば、毎日1回以上、ユーチューブを視聴すると答えた人は46・9%に上る。
ソウルの大学教授は父親から、保守系の金文洙候補が進歩系の李在明候補を大きくリードしている偽情報の世論調査を見せられて驚いた。この大学教授は「大統領選の投票行動の数%はユーチューブによって左右されたと思う」と語る。
大統領選の発端になった尹錫悦前大統領による昨年12月の非常戒厳も、「選挙の不正操作」が理由の一つだった。尹氏は大統領選中にも、不正操作を主張するドキュメント映画の試写会を視聴し、周囲のひんしゅくを買った。
韓国では建国の成り立ちを巡る論争以来、80年にわたる保守と進歩の対立が続いている。2009年の盧武鉉元大統領の自殺以降、さらにその対立が過激になった。両陣営は選挙や弾劾のたびごとに、「ろうそくの火集会」(進歩)と「太極旗集会」(保守)を開き、お互いにいがみ合う。
そこに目をつけたのが政治系ユーチューブチャンネルだった。登録者を増やして広告収入を得るために、双方の陣営が喜ぶ過激な修辞を多用した。「国民の力」の議員は「発信力を強めようと一時、ユーチューバーたちに議員インタビューをあっせんした」と語る。「ユーチューバーは登録者を増やしたが、増えるほど、行動が過激になった。遊説などで突撃取材を受けることも多く、今では協力したことを後悔している」と語る。
非常戒厳直後の昨年12月、尹錫悦氏が好んで見ていたという3~4チャンネルのなかでも人気が高い「高成国TV」の保守政治評論家、高成国氏と面会した。高氏は当時、「既存メディアが正常な役割を果たしていない」と雄弁に語った。尹錫悦氏との関係を尋ねると、「大統領と電話できれば、メディアとしてありがたいが、当事者になればメディアの役割を失う」と語った。
でも、韓国メディアは5月、尹氏が非常戒厳の前後、高氏と数回にわたって電話で会話していたと報じた。非常戒厳や弾劾、大統領選を巡る混乱を通じ、政治系ユーチューブチャンネルに厳しい視線も注がれている。高成国TVに改めて取材を申し込むと、「今回はインタビューは難しい。理解してほしい」という返事が戻ってきた。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)





















朝日新聞取材裏話2025年7月


