●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2023年5月
サンドイッチ
ワシントンに2カ月ほど出張した。8年前に暮らしていたアパートと1駅違いの場所に短期滞在用のアパートを借りて住んだ。散歩してみれば、当時よく通ったカフェやスーパーが今も営業していて、とても懐かしかった。
ただ、物価はものすごく上がった。バイデン政権は昨年8月、インフレ抑止法を成立させたのも頷ける。コロナで物流や製造業などが混乱した後、脱コロナで一気に消費が拡大した。ワシントンでもマスクをつけている人はほとんどいない。金曜日になれば、あちこちのバーは満員で、みな大声で語り合っている。
消費は増えているのに、品物もサービスも不足しているため、当然物価は上がる。日本も物価高だが、ワシントンは桁違いだ。今回の出張は、昼ごはん時もデスクワークを迫られることが多いので、よく出勤の途中でサンドイッチを買う。日本人にはあまり美味しいと感じられない、大味なものが多いが、ほとんど10ドル(1300円)以上する。これにコーヒーもつけたら20ドル近くになる。ワシントンの友だちに聞いたら、コロナ禍で、アジア系の人が多く営んでいたグロッサリーや食堂があちこちで潰れた。競争相手が減ったことも、強気の値段になっているのかもしれない。円安もあって、昼間デスクワークをしながら食べるだけのものに、2千円くらいも払う羽目になる。「日本なんて昼食、500円でも食べられるところがあるよ」と言ったら、友だち達は驚いていた。
また、カード社会も徹底された。8年前もカードをみな使ってはいたが、グロッサリーやコンビニなどではまだまだ現金払いがほとんどだった。ところが、今ではどこもカードで払う。
ワシントンに到着直後、お金を崩そうと思い、スーパーで100ドル札を出したら、何度も何度も確認された。現金を使う客はほとんどいないので、偽札かも知れないと疑われたのだろう。あるレストランでは勘定のとき、現金で払おうとしたら、「うちの店は、現金払いは受け付けない」と言われた。ワシントンで暮らし始めて1週間も経つと、「ノー・マスク」での生活に慣れるとともに、現金はすっかり使わなくなった。
日本が1990年代のバブル経済崩壊以降、世界経済の「負け組」になったのにはいくつかの理由があると言われている。そのひとつが、デジタル化への失敗だった。どんどんデジタル化していった世界の物流や情報交換のネットワークから、日本は取り残された。終身雇用制度も根強く残り、一生のうちに職場を何度も変わるのがあたり前になった世界の労働市場から取り残された。
世界経済の成長についていけない結果のひとつが、皮肉にも安い物価ということなのだろう。私の話を聞いた米国の友だちたちはみな、目を輝かせ、「次の旅行は絶対、日本にする」と言っていたが、果たして素直に喜んでいいのだろうか。
(朝日新聞社 牧野愛博)