●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2024年2月
偉くなりたいという本能
1月22日、政治資金を巡る裏金事件で、略式起訴された谷川弥一衆院議員が議員辞職願を提出し、記者会見を行った。ここで印象に残ったのが、谷川氏の「金を集める力と、しっかり勉強して堂々と論陣を張れることは、政治家にとって偉くなるのに必須なことだと思っていた」という発言だった。谷川氏は82歳。普通であれば、第一線から退いている歳だし、長い人生を送ってそれなりの人生観もできる年齢だ。政治家、国会議員であれば、周囲もきっと「先生」「先生」とチヤホヤしたことだろう。なお、それで「偉くなりたい」と言うのだろうか。
私も過去、「偉くなりたい」と思う人間を数多く見てきた。組織で地位が上がれば、責任があり、より重要な仕事を任されるだろう。「偉くなれば、見える世界が変わってくる」と語った外交官の知人もいた。その点は、よくわかる。「偉くて、人間的にも立派」という人はたくさんいる。他方、「偉くなりたい」と思うばかりに、同僚を讒言したり、上司にこびへつらったりした人間もたくさんいた。後ろ暗いことをしてきたという自覚があるからなのか、そういう人は、まっすぐに視線を合わせようとしない。
別の外交官の知人は「偉くなりたい」という人間の本能について、「秘書、車、名刺」と話してくれたことがある。外務省も一定の役職以上には公用車と秘書がつく。同じくらいの年齢の人間が通勤電車に乗るのを横目に見ながら、公用車で出勤すると、自分の地位を確認できる。色々な日程調整も秘書がやってくれる。私が付き合っている人々のなかにも、一定の役職まで登ると、急に「これからは秘書に連絡して」と言ってくる人がいる。そういう人とは大抵疎遠になる。また、外交官は他国の外交官と付き合うときは、「書記官は書記官と」「局長は局長と」という風に、厳格にレベルを合わせている。昇進すれば、もらう名刺の肩書もランクが上がる。
こうしてみると、人間の「偉くなりたい」という本能は自己承認要求から来るものだろう。人間は社会的な生き物だから、他者から認められたいと思うのは自然な本能だ。肩書は、他者から認めてもらううえでの手っ取り早い「看板」とも言える。ただ、「看板」が一生使えるものかどうかはわからない。「部長」や「局長」といった肩書は、いずれ自分が属する組織に返さなければならない。あるいは、その組織と関係のない人にしてみれば、「看板」の価値などわからないし、興味もないだろう。
社会で目立たなくても、立派な人はいる。30年を超える記者生活で、そのような人たちを大勢見てきた。こうした人々は、他者の視線とは関係なく、自分がやってきたことに誇りを持っている。身近な存在の家族は、その価値を知っているから、家庭生活も円満だ。自分の記者生活も残り少ないが、そういう人たちのようになりたいといつも思う。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)