●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
※お願い※
取材裏話を寄稿してくださる牧野記者が、皆様の感想を楽しみにしております。是非、ご感想・ご意見・ご要望をお寄せください!牧野記者にお届けいたします。
牧野記者へお便り
2018年5月 握手と笑顔
4月27日午前9時30分、ソウル近郊に設置されたプレスセンターに詰めかけた千人以上の記者団から、「おおー」というどよめきが漏れた。南北の軍事境界線上にある板門店の北朝鮮側施設「板門閣」から北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が姿を現した瞬間だった。
正恩氏は軍事境界線上で待つ文在寅韓国大統領のそばに歩み寄ると、笑顔で握手を交わした。この日、2人は何度も握手を交わし、抱擁する場面もあった。
独裁国家で人権侵害が相次ぐ北朝鮮の首脳との握手について、国際社会は様々な反応を示してきた。
2002年9月に訪朝した小泉純一郎首相、09年8月に訪朝したクリントン元米大統領は、金正日総書記と握手はしたが、にこりともしなかった。クリントン氏は金正日総書記との夕食中、しきりに「アリラン・マスゲームを見に行こう」と誘う金総書記に対して、食事に夢中になって聞こえないふりをしていたという。
今年2月、平昌冬季五輪開会式に出席するために訪韓した、ペンス米副大統領の場合はもっと強烈だった。事前に、正恩氏の実妹、金与正氏らがペンス氏との面会を要請していたが、ペンス氏は周囲に「本当に握手しなければいけないのか」と繰り返し、確認していたという。ペンス氏は厳格なキリスト教徒として知られ、訪韓中に脱北者とも面会し、北朝鮮の人権問題に取り組む姿勢をみせた。自分の政治信条と異なる印象を支持者たちに与えることを恐れたのだろう。ペンス氏は開会式で、近くにいた金永南最高人民会議常任委員長や金与正氏を一貫して無視。怒った北朝鮮が面会を土壇場でキャンセルした。
4月27日の会談では、正恩氏は共産主義国家同士でよく見られる首脳同士の抱擁も行った。また、韓国の康京和外相が正恩氏と握手する際、笑顔で頭を下げ、一部の外交省OBたちから「卑屈すぎる」とひんしゅくを買ったという。同時に正恩氏と握手した韓国軍将校は事前に敬礼もせず、頭も下げず、「さすが軍人だ」「北朝鮮軍の軍人は文大統領に敬礼したのに、バランスが悪いのではないか」などという声が飛び交った。
どんなに卑劣な国であろうとも、戦争で物事を決するわけではない以上、会談するしかない。逆に米国は過去、中南米などの専制国家を共産主義の防波堤として利用するため、独裁者たちと平気で握手を重ねていた歴史もある。
韓国政府は27日の会談で南北の和解を宣伝しようとする余り、正恩氏が「礼儀正しい好青年」というイメージを振りまく手助けをしてしまったようだ。これから開かれる米朝首脳会談で、トランプ米大統領は金正恩氏とどんな握手を交わすのだろうか。
(朝日新聞社 牧野愛博)