●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
※お願い※
取材裏話を寄稿してくださる牧野記者が、皆様の感想を楽しみにしております。是非、ご感想・ご意見・ご要望をお寄せください!牧野記者にお届けいたします。
牧野記者へお便り
2020年2月
ポラライゼーション(分裂する社会)
先日、私が時々寄稿している文芸誌の編集長と夕飯をご一緒した。オウム・サリン事件や大相撲の貴乃花の引退など、様々な取材を経験した方で、裏話などを伺ってとても楽しい時間を過ごした。
そこで、編集長がひとつの悩みを打ち明けてくれた。最近の読者の反応に戸惑っているという。編集長は「最近は、同じ記事に対して右からも左からも叩かれることが増えたんですよ」とぼやいた。右は「伝統的な保守論壇で、こんな記事を載せるとか」と非難し、左は「革新をおとしめるのもいい加減にしろ」と怒るのだという。
この文芸誌は保守系ではあるが、穏健右派ともいえる論調で知られる。登場する筆者も右から左までバラエティーに富んでいる。安倍政権に対して批判する記事も載れば、政権と近い人のインタビューを掲載することもある。世間では「いけ好かない左翼」の代表みたいに批判されることもある朝日新聞所属の私にまで誌面を提供してくれるのだから、懐は深い方だと思う。
もちろん、批判の矛先に上げられた記事は客観的な事実を論考したもので、捏造や歪曲の類いとは無縁のものだ。編集長は「あんまり腹が立つから、ホームページで反論文を公開しようとも思ったほどです」と話した。周囲から「火に油を注ぐからやめておけ」と言われ、思いとどまったという。
この話を聞いて、私は思わず、「あなたもですか」と言って、膝を打ってしまった。私も最近、似た経験をしょっちゅうしているからだ。
たとえば、韓国徴用工判決問題について「韓国は日韓請求権協定を守るべきだが、日本の輸出規制もやり過ぎだ」と書くと、右からは「やっぱり朝日新聞だ。韓国などと話し合いなどできるか」という批判が来るし、左からは「朝日新聞のくせに、元徴用工らに冷たいではないか」というお叱りが来る。
これは何も日本に限ったことではなくて、韓国でも保守系と進歩(革新)系は、全く話がかみ合わない。最近の韓国は「確証偏向症」という言葉が流行っている。信念にこだわり、反対の意見に耳を傾けない心理状態を指すという。
米国も同じ。米国の知人にこの話をしたら、すぐ「ああ、ポラライゼーション(分極化)のことだね」という返事が返ってきた。今秋の米大統領選を巡っても、共和党と民主党の候補者の主張は、右と左に分極化したものが目立つ。知人は「自由主義経済が進むと、勝ち組と負け組がはっきりするからね。中間層が薄くなると、こういう議論が出てくるんだよ」と話していた。
そして世の中はSNS全盛時代。みんなが自分の意見を発信するから、政治家はどうしてもそちらに目が向く。選挙で当選するために、どうしても有権者にアピールしたい誘惑にかられ、極端な主張に流れていく。
私は落ち込む文芸誌の編集長に声をかけた。「知人の外交官が励ましてくれた言葉ですけれど、右と左、片方からしか批判を受けなくなったら、メディアはおしまいですよ。ポジショントークはやめて、事実優先と是々非々で行きましょう」。
(朝日新聞社 牧野愛博)