●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2024年5月
なぜ、大東亜戦争と呼んだのか
陸上自衛隊大宮駐屯地(さいたま市)の第32普通科連隊が4月5日、X(旧ツイッター)の部隊の公式アカウントで「大東亜戦争」という用語を使って投稿し、8日に削除した。投稿は、硫黄島(東京都)であった日米合同の戦没者追悼式を伝えた。木原稔防衛相は大東亜戦争という用語を使った投稿の削除について「一般に政府として公文書に使用していないことを踏まえた」と説明した。
この問題について、新聞やネット空間などで激烈な論争(もしくは、言い争い)が起きた。自衛隊の行為を批判する人々は、「大東亜戦争は東条英機内閣によって決められた名称であり、侵略戦争としての意味を持つ」「侵略された国々の痛みを理解していない」「戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が使用を禁じた」などと主張した。「大東亜戦争」の呼び方に肯定的な人々は「日本がかかわった戦域は太平洋だけではなく、アジア地域に広がっており、大東亜戦争という呼び方が適切だ」「太平洋戦争は、米国の呼び方だ」と反発した。
私はこの両方の主張について、それぞれ不満がある。「GHQが使用を禁じた」というが、日本がサンフランシスコ講和条約によって独立を回復した時点で、GHQの命令は無効になっている。いつまでも、GHQの指示を根拠にするのは説得力に欠ける。「戦域の問題」というなら、「アジア・太平洋戦争」という呼び名でも構わないだろう。学者の間では「アジア・太平洋戦争」「15年戦争」など、すべてをカバーするための呼び名を唱える説がある。読売新聞も一時期、「昭和戦争」という呼称を使った時期があった。
私たちが今、考えなければいけないのは、なぜ「大東亜戦争」という呼び方が、それなりに多くの人々の間で定着しているのかという問題だ。最近のネット空間では、「日本優越主義」という安易な主張に結び付けたり、朝日新聞など左派たたきに利用したりするために、大東亜戦争を支持する傾向があるが、私はこうした人々には与しない。ただ、大東亜戦争という呼び名を支持している人々すべてが、侵略戦争肯定派であるとも思わない。昭和の時代、大東亜戦争という呼び名を支持した人々には、もっと別の理由があった。
日本の歴史学者だった家永三郎氏がかつて、戦争を繰り返さないためにという文脈で戦死者について「犬死にだった」だったと評論した。このため、戦死者の遺族会などが反発し、亡くなった人々は無駄死にではなく、国や家族を守るために死んだという主張を強調する意味で、大東亜戦争という呼び方を積極的に使うようにもなった。大東亜戦争と呼ぶことが、戦没者の慰霊につながると考えたわけだ。洋の東西を問わず、自分の肉親や親しい人が死んだら、その死を弔いたいと考えるのは当然のことだろう。
自衛隊は元々、遺族会の関係者らも参加する自衛隊協力会や防衛協会の人々と付き合ってきた。こうした人々は概して、大東亜戦争と呼んでいる。自衛隊員も、命を賭す仕事である以上、自分の存在意義を確認しやすい大東亜戦争という呼び方を素直に受け入れてきた。
問題は、「大東亜戦争」肯定派も否定派も、相手を批判するばかりで、理解したり歩み寄ったりしようとする動きがないことだ。中国やロシアは、こうした相手の団結を乱しやすい問題を狙って、SNSなどでお互いの主張をあおる情報操作を行っている。このままいけば、喜ぶのは中国やロシアだけという状況になりかねない。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)