●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2020年10月
福島と韓国
9月12日、日韓文化交流基金が主催した「オンライン訪日団」の取材で福島市にお邪魔した。今年は新型コロナウイルスのため、日本と韓国の往来が制限されている。「どうせオンラインでしか行けないなら、思い切った場所に行きましょう」ということで、韓国内で東日本大震災による放射能汚染という風評が根強く残る福島市を交流場所に決めた。この日は、現地を案内してくれる地元大学生らと一緒に福島駅前や物産館、市内で日韓交流を続ける韓国人女性が運営するカフェなどを訪ねた。
私が韓国で勤務していたとき、ソウル市内で行われるはずだった福島県の物産展が突然中止になったことがあった。出展されたものは、韓国が輸入を禁じている水産物ではなかった。なぜ、中止になったのか調べてみると、「福島県が汚染されている」と主張する過激な市民団体が、物産展のスペースを貸した自治体に抗議電話をかけ、行事の安全性が保てなくなったためだった。
こうした過激な主張をする人は日本にも韓国にもいる。普通は、世間に「根拠もなく相手を批判するのはよろしくない」という空気があるから、時々こうしたハプニングは起きるものの、それが社会全体に広がるようなことはめったにない。ただ、最近の日韓関係はそう楽観もしていられない状況だ。政治指導者の間で、こうした過激な主張にお墨付きを与えるような言動が目立つため「相手を悪く言っても良いんだ」という雰囲気が広がっている。例えば、昨年夏に日本が韓国の半導体素材などの輸入管理措置を厳格化したことに、韓国の国会議員らが反発した。「放射能汚染が懸念される東京五輪をボイコットしろ」と騒いだことがあった。社会的な地位がある人の発言は影響力が強い。私が直後にソウルでインタビューした若いOLは本気で東京が放射能汚染にさらされていると信じていた。国会議員の圧力に負け、韓国政府は一部の輸入食品の放射能検査を厳格化する措置まで取ってしまった。今年1月には、ソウルの日本大使館建設予定地に、白い放射能防護服を着た聖火ランナーのポスターが掲示され、日本側が反発するという事態も起きた。
世論が悪化すると、政治的な主張も過激になる。日韓双方で、お互いの政治指導者の不幸を喜ぶような雰囲気があるのはとても残念なことだし、ひどい悪循環を生み出している。相手の政策や主張を批判することと、相手の人格や交流そのものを否定することは全く次元が違う。
私が取材した「オンライン訪日団」の企画も大々的な広報を控えていた。12日の福島市での撮影に、韓国大使館関係者を招待するということもなかった。韓国でこうした試みが広がった際、騒ぎが起きて企画自体が潰れてしまうのではないかと懸念していたようだ。
9月26日には、この「オンライン訪日団」も参加した、日韓交流おまつりのイベントがオンラインで行われた。ネットの世界では、このイベント自体を批判する声も上がっていた。こうした交流に携わる人々を根拠もなく批判する声があるのは本当に嘆かわしい。険悪な世論に背中を押されて国家や部族間の紛争やジェノサイドがしばしば起きてきたことは、歴史が証明している。そうなれば悪口を言っているその人たちも、被害を受けることになる。
取材後、交流事業に携わる人から「お陰で元気が出た」という声をかけていただき、嬉しいやら、申し訳ないやら、複雑な気持ちになった。
(朝日新聞社 牧野愛博)