●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2021年8月
上司と部下
最近、政府のインストラクターをしている大学の先生と話をする機会があった。この先生のプライバシーを守るため、どんな仕事のインストラクターなのかは、詳しく明かせない。ただ、政府の仕事の効率を上げるため、様々なアドバイスをしているという。
新型コロナウイルスの感染が始まる前のころだった。あるとき、政府のある部署に招かれた。現場に到着するやいなや、この部署のトップの人が出てきた。その人はニコニコしながら、「いやー、予算をちゃんとつけているんですが、なかなか予算に見合った仕事をしてくれない。今日はこいつらに、しっかり教えてやってください」と頼んできた。
講習会が終わると、出席者の何人かと一緒に懇親会に出かけた。その席で、先ほどの上司の部下たちがこう愚痴った。
「うちの上司は、いつも見当はずれの指示ばかり出すんです。何が欲しいのかはっきりしないから、働きづらくて仕方がありません」。
どうも、この部署の上司は、予算さえ取ってくれば、部下が働いてくれると勘違いしているらしい。これじゃあ、まるで部下は自動販売機みたいだ。
数日後、知り合いの元自衛官に話を聞く機会があった。知り合いは自衛隊で将官まで昇進した人だ。私は「現役のころ、部下の人たちにどうやって働いてもらっていたんですか。命のやり取りをするかもしれない職場だから、大変だったでしょう」と聞いてみた。
元自衛官によれば、自衛隊のリーダー術は、指揮と管理、統御の3つだという。指揮は、部下を必要以上に危険な目に合わせないよう的確に状況を判断し、最適な任務を命じることを意味する。管理は、部下の人事や予算取りをうまくやって、組織がきちんと動くようにする。そして統御とは、部下が上司に心服して従うようにさせることを意味する。
元自衛官は「まあ、背中を見せるということですね。普段の訓練でも常に先頭に立って、つらい仕事は率先して引き受けることで、部下の信頼を勝ち取るわけです」と教えてくれた。
山本五十六連合艦隊司令長官の残した「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉を連想させる話だった。
もちろん、大変なのは上司ばかりではない。東京夏季五輪を巡ってはこんな話も聞いた。
五輪関係者が新型コロナウイルスに感染した場合に備え、東京オリンピック・パラリンピック組織員会は準備に追われた。対応してくれる病院を増やすため、組織委幹部らが直接病院に足を運び、頭を下げて了承をとりつけた。ところが、しばらくして、この病院が何の準備もしていないことがわかった。原因を調べたところ、組織委幹部に同行した厚生労働省からの出向者が「幹部が頭を下げたんだし、もう俺のやる仕事はないだろう」と勝手に解釈して、事後の処理を怠っていたことがわかった。関係者の1人は「中央官庁のキャリアにも、ダメな奴がたまにいるんだ」とカンカンに怒っていた。
最近は新型コロナの感染拡大で会社に行かない日が増えた人も多いだろう。リモートで仕事をしていると、雑談を交わす機会もないから、上司と部下の関係はどうしても希薄になって、やりにくい。世の中、理想の上司や理想の部下ばかりではないし、そうでない方が普通だろう。
早く新型コロナの感染拡大が落ち着きますように。
(朝日新聞社 牧野愛博)