●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2023年3月
フィリピン
「ルフィ」を名乗る人物らによる連続強盗・特殊詐欺事件で、「指示役」とされる4人がフィリピンから強制送還され、警視庁に逮捕された。送還から間もないころ、かつてフィリピンの日本大使館に勤務していた知り合いの警察官僚から話を聞く機会があった。4人はフィリピンの入管施設で、携帯電話を使って犯罪の指示をしたり、豪華な食事や酒を楽しんだりしていたと報じられた。知り合いは「フィリピンは公務員の給料が安いから、賄賂が蔓延しているんですよ。入管施設は収容者が外国人ばかりだから、不正が発覚しにくい状況があったのかもしれません」と語る。
フィリピンではとにかく公務員の給与や予算が限られている。警察当局も捜査に意欲があっても、資金などで制約されることがあるという。知り合いは、日本の犯罪者がフィリピンに逃げ込んだ際、潜伏場所などの具体的な情報を提供して、逮捕してもらったことがあるという。
日本とフィリピンの間には犯罪人引き渡し条約がない。フィリピンは日本警察の要請に応じ、犯人を「好ましからざる人物(PNG)」に指定して、国外退去処分にしてくれるという。ただ、今回の容疑者たちに対し、日本警察が2019年には逮捕状を取っていた。日本への身柄引き渡しに時間がかかったのは、元妻らが容疑者たちを相手取って家庭内暴力などを理由に訴訟を起こしていたからだ。では、なぜ今回めでたく4人とも送還と相成ったのか。知り合いは「特殊詐欺だけではなく、強盗殺人事件に発展し、日本の世論が沸騰していたことも大きいと思います。ただ、それよりも、2月にマルコス大統領が訪日したことが影響したのではないでしょうか」と語る。フィリピンで、マルコス一族は絶大な権勢を誇る。マルコス大統領の訪日を成功させるため、周囲が気を遣って、日本が望む4人の送還を実現させた可能性が高いという。フィリピンでは法相らが連日、日本メディアを相手に記者会見していた。「法相の視線の先には、日本のマスコミではなく、マルコス大統領がいたと思います」
今回の事件を巡り、フィリピン当局は入管施設関係者を更迭したという。フィリピンでは、それぞれの部署ごとに、上司が部下の面倒を見る習慣があるという。「その部署に不祥事などの問題が起きた場合、しばらく役職を外れてそのメンバーがほとぼりを冷ますことがあります。フィリピンではよくあることのようで、フローティングと呼んでいます。今回の入管の職員たちも、しばらくしたら、どこかの部署に移って仕事をするのでしょう」
知り合いは困ったような表情でこう話した。「フィリピンはカネさえあれば、何でもできます。カネがなくなれば、放り出されますが」
(朝日新聞社 牧野愛博)