●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2024年1月
私人逮捕、警察官たちの悩み
最近、「私人逮捕系」を名乗るユーチューバー(YouTuber)たちの摘発が相次いでいる。まったく犯罪と無関係の人を拘束しようとしたり、インターネット上に映像をさらしたりするなど、傍若無人な行動が繰り返された。一般の人々に迷惑極まりないうえ、「法の番人」でもある警察の沽券にかかわるという判断があったのだろう。
そんななか、知り合いの首都圏に勤務する警察官の知人と面会する機会があった。知人も、この問題で悩まされているのかどうか、聞いてみた。知人は「麻薬やチケットの違法転売という事案はないけれど、痴漢を狙うユーチューバーがいるんだよ」と教えてくれた。問題のユーチューバーは若い男性で、首都圏のターミナル駅に度々出現する。大規模な駅では巡回している警官もいるし、痴漢被害に遭う人を護衛して摘発に備える警官もいる。そんな警官たちの視界にたびたび、このユーチューバーの男が入ってくるのだという。
男は混雑した駅構内や電車のなかで、「痴漢行為を働く不審人物」を探し回る。痴漢を働いている現場に遭遇すると、身につけたカメラで撮影しながら、痴漢した犯人を「私人逮捕」しようとする。知人は、「しかし、本当に逮捕に至るケースは多くない」と話す。犯人に逃げられたのか、それとも、逮捕しようとした男の勘違いだったのか。「そうじゃない。捕まった犯人からカネを巻き上げるからだ」という。
ユーチューバーの男は痴漢の犯人を逮捕しようとした後、一転して「示談」を持ちかける。犯人と被害者との間の示談ではない。この男が「犯行を見逃してやる代わりに、カネをよこせ」と持ちかけるのだという。すると、たいていの犯人は、財布にあるだけのカネを払う。額は数万円程度だという。この「交渉」が決裂し、犯人があくまで抵抗したときのみ、ユーチューバーの男は「私人逮捕だ」と主張して、警察に通報する。
よく、ユーチューバーたちが主張している「社会正義のため」ではなく、「カネ稼ぎ」がこの男の目的だ。私人逮捕の様子をユーチューブにアップするのは「ついでの仕事」に過ぎない。「このユーチューバーを摘発できないのか」と聞くと、知人は苦虫をかみつぶしたような表情で「カメラで痴漢の犯罪行為の証拠を握っているから、私人逮捕が違法だとは言えない。被害者からも感謝されるので手が出しにくい」と語った。
知人に言わせると、痴漢を働く犯人はごく普通の社会生活を送っている人間も多い。その一方で、始発から電車に乗り込み、行ったり来たりしながら、痴漢の相手を物色する。逆に、被害者の中にも、わざと挑発的な服装で電車に乗り、被害に遭うと「50万円」といった額の和解金を要求する人もいるという。思わず、「私人逮捕系ユーチューバーって、社会の闇が生み出したあぶくみたいなものだね」と言うと、知人は大きくうなずいた。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)