●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2020年7月
ちょっと一杯、できないそれぞれの理由
新型コロナウイルス問題による緊急事態宣言が解除された。日常生活が少しずつ戻ってきているようだが、まだまだと感じる場面も多い。私が住む街の駅のそばにも居酒屋が軒を連ねる場所があるが、以前と同じような賑わいは戻っていない。この前も夕方、近くを通りかかったが、どのお店も閑散としていた。中学生の長男などは、「まだレストランには行きたくない」と踏ん張っている。
そんなある日、この春に東北地方での勤務を終えて東京に戻ってきた公務員の方とお目にかかった。やはり、新型コロナウイルスのため、送別会も一切やらなかったという。そのうえで「もともと、ちょっと一杯が難しい土地柄なんですけどね」と話してくれた。
「どういうことですか」と尋ねると、「私の勤務先に、電車やバスで出勤してくる人はほとんどいないんです」と言う。「みな、マイカー通勤だから、急に飲みに行こうと言われても困っちゃうんですよ」。代行運転もあるが、飲酒した後のやり取りで間違いがあってもいけないと思うと、どうしても尻込みするのだという。「一カ月ぐらい前から宴会の日を決めて、その日はみんな家族に送ってもらうなど、都合をつけるんですよ」と話してくれた。
この話を米国人の知人にしたら、「そうだよ。それが当たり前だろう」と言われた。もちろん、米国も車社会だが、別の事情もあるという。米国は共働きが普通だし、ホームパーティーは別にして夜の会食文化はあまりない。職場で夜の会食を入れるときは、早めに日程を抑え、それぞれがベビーシッターなどを手配するなど、段取りが必要なのだという。
所変われば、事情も変わる。そんな話を今度は韓国人の知人にした。すると、この知人にも「今、韓国で軽く一杯なんてできませんよ」と言われてしまった。ソウルも新型コロナウイルスの新規感染者が減っていないからだろうか、と思いながら、わけを聞いたら、「そんな理由ではない」という。
この韓国の知人は「もうちょっと正確に言うと、20代から40代前半までの同僚は、簡単に飲みに誘えない、という意味だよ」と教えてくれた。
1980年代から2000年代初めに生まれた「ミレニアム世代」は、それより上の世代とそりが合わないことがよくある。知人は「ミレニアム世代は、小さいときからスマホでオンラインを楽しんで来たので、集団生活に抵抗があるみたいなんだ」と話す。だから、彼らに職場で、「どう、今晩軽く一杯?」などと聞いてはいけないのだという。
韓国も随分変わった。昔は上司が「今日は軽く飲みに行きたいな」とつぶやいただけで、課内の人間がみんな自分の予定をキャンセルして上司に合わせていたというのに。
新型コロナの流行で、きっと韓国の新しい流れは加速するのだろう。あのザワザワ、ガヤガヤとしたアジアらしい韓国の飲酒文化も、だんだん過去のものになっていくのかもしれない。
(朝日新聞社 牧野愛博)