●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2024年8月
潜水艦とゲーム機
海上自衛隊の潜水艦の修理業務を巡り、川崎重工業(本社・神戸市)社員が海自隊員に金品などを提供していた疑惑が持ち上がっている。ビール券やレンチ、スパナなどの工具類など、海自隊員に渡したとされる品物はいろいろあったようだが、そのなかにゲーム機「ニンテンドースイッチ」が含まれていたという。これが知り合いの海自関係者の耳目を引いた。疑惑そのものは批判されるべきものだが、「ニンテンドースイッチが欲しいという気持ちはわかる」という声を数多く聞いた。海上自衛隊の仕事環境は、現代の若い人たちにはなかなか受け入れてもらいにくいものがある。洋上に出ると数週間、陸に上がれないことは珍しくない。長い間、閉鎖された空間で生活することになる。
海で生活していると、非番のときも様々な制約がある。海自は今春から、米スペースⅩの衛星インターネットサービス「スターリンク」の運用試験を始めた。これまでは、艦船の乗組員が遠洋航海中、非番であってもインターネットやSNSを自由に楽しめなかった。また、夜間の艦内は赤色灯がともる。この背景には、非番であっても明るい場所にいると、突然仕事になったときにすぐに対応できないという事情がある。夜間の船乗りが求められる仕事のひとつに海上監視がある。真っ暗な海上にある目標をすぐに見つけられなければ仕事にならない。だから、海上自衛隊艦船の艦橋は夜間、真っ暗な状態になっている。赤色灯なら、急に仕事になってもすぐに夜目が効くようになる。
ただ、そんな水上艦の暮らしも、潜水艦に比べれば格段に恵まれているという。潜水艦も日没とともに艦内を白色灯から赤色灯に切り替える。しかし、窓もない潜水艦で夜目を効かせる必要もない。それは、「今が夜なのか昼なのか」という体のサイクルを壊さないための一つの知恵なのだという。潜水艦の乗員にも非番はあるが、生活空間は非常に限られている。大型の原子力潜水艦を保有する米軍は、潜水艦内にトレーニングルームも備えているというが、小さな自衛隊の通常動力型潜水艦にはそんなスペースはない。シャワーも3日に1度くらいしか使えない。非常に狭い空間なので、食堂の隊員の椅子はドラム缶型で、中は食糧入れになっている。
潜水艦は大きな音を出せない。秘密行動が前提だからだ。非番だからと言って、カラオケに興じることもできない。昔はトランプや雑誌の回し読みが、最近はビデオが人気だという。もちろん、イヤホンをつけて音が漏れないように視聴する。そんな生活が数週間も続く。それだけに、「ニンテンドースイッチがあったら、乗員の生活も少しはましになるのではないか」と、海自元幹部の一人は語る。「川崎重工業に買ってもらうのではなく、自衛隊の予算で買い与えてもいいくらいだ」とも言う。ただ、潜水艦には通信機器は持ち込めないので、オンラインゲーム機能は使えないだろう。
私も20年ほど前、広島県の呉港から兵庫の神戸港まで、1泊2日で自衛隊の潜水艦に同乗させてもらったことがある。短期間であっても、狭くて単調な生活に懲りた記憶がある。
少子化に加え、過酷な環境、安い給料、不穏な安全保障環境もあり、自衛隊を希望する若い人は減っている。自衛隊の是非は別にしても、こうした隊員の一人一人の苦労に理解が深まってほしいなと思う。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)