●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2017年10月 大批判を受けた人道支援
9月半ば、韓国政府が国連機関などを通じて北朝鮮に800万ドルの人道支援を行うと発表し、大騒ぎになった。「あんなにミサイルを撃って、国際社会に迷惑をかけている国を支援するとは何事か」という批判だ。韓国の保守政党のほか、日本政府も韓国政府を批判した。
韓国が行った人道支援は2015年12月が最後。16年1月に北朝鮮が4度目の核実験を行ってからは一時支援を停止していた。だから、支援を再開するにはそれなりの時期を選ぶ必要があっただろうし、「こんなに大騒ぎしている時期に支援などしなくても」という声が出るのも当然だろう。何より、韓国政府の政策の一貫性が問われる。
一方、そんなとき、北朝鮮への支援事業に詳しい韓国の政治家とお昼ごはんを食べた。彼も保守系の政治家だから、支援に批判的かと思っていたら、そうでもなかった。
彼によれば、国連が支援するのは平壌に住む富裕層ではなく、中朝国境地帯など辺境に住む乳児や妊産婦のような社会的弱者なのだという。「もともと、金正恩はそんな人たちに政府の予算を使ったりしない。国連が支援しても、それで北の政府予算が浮いて、軍事に回す金ができるわけではない」と言う。
さらに、国連機関は徹底したモニタリングを行っている。常に支援対象者の上腕部を測って、栄養が摂取されているかどうかを確認する。栄養補給物資はそれ自体美味しくもなく、市場で横流しできるような代物でもないという。
知人の政治家は言った。「本当に支援がけしからんというなら、国連の事業自体を禁じるべきだろう。だが、そう主張する国はほとんどいないのだよ」
暴政を続ける金正恩朝鮮労働党委員長と彼を支える当局者たちには重い責任がある。彼らの懐を潤すような支援は絶対に許されないだろう。でも、北朝鮮に生まれたという理由だけで、「おまえたちには支援を受ける資格はない」と主張する権利は誰にもない。
北朝鮮は特異な1人独裁国家で、体制の維持を至上命題にする。それは国際的には核やミサイルの開発となり、国内的には極端な人権弾圧といった形で現れる。いわば、核とミサイルで迷惑を被っている国際社会も、北朝鮮で貧困や人権弾圧にあえぐ人々も、同じ被害者と言えるだろう。
もちろん、先に述べたように、韓国政府も税金を使って支援をする以上、国内外で気持ちよく支持してもらえる環境を作る責任がある。軽率という批判は受けるべきだろうが、人道支援自体が批判を受けるべきではない。日本政府が「時期」を問題にしているのも、そうした理由からだろう。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という考え方には陥りたくない。
(朝日新聞社 牧野愛博)