●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2017年2月 文字爆弾
韓国でちょっと驚かされるのが、携帯電話の番号だ。当局者も専門家も軍人も、ほぼ名刺に携帯電話の番号が書いてある。もちろん、それぞれ、官製の電話だったり、補佐官が実際は管理していたりするケースも多いのだが、取材をするうえでとても便利だ。
ところが最近、これが思わぬところで問題になっている。
最初に、悲鳴を上げたのは知り合いの与党セヌリ党の国会議員だった。ある日、見慣れぬ番号から私の携帯電話にショートメッセージが送られてきた。「諸般の事情により、本日からこの携帯電話に変更しましたので、お知らせします」とあった。送り主の名前は議員氏。後日、彼と会ったときに事情を聴いたら、「いやはや、大変なことになってねえ」とぼやいた。当時、朴槿恵大統領を弾劾する国会決議が12月9日に迫っていた。弾劾決議には国会議員の3分の2の賛成が必要で、与党からも30人弱の賛成が必要とされていた。朴槿恵大統領を許せない、怒れる有権者たちは、与党議員らの携帯に、「文字(ムンチャ)爆弾」と呼ばれるショートメッセージを雨あられのごとく浴びせたのだという。議員氏は「要するに、弾劾に賛成しろ、賛成しなかったらただじゃ置かない、という趣旨なんだけど、しつこいんだよ」とぼやいた。「弾劾」や「朴槿恵」といった文字が含まれるショートメッセージは受信拒否にしたのだが、それも巧妙にすり抜けて次々にメッセージが到着。ついに業務に支障をきたし、携帯を買い替えたのだという。
次に悲鳴を上げたのは釜山市東区長だった。東区は12月28日、釜山の日本総領事館前に設置された従軍慰安婦問題を象徴する少女像を撤去した。ところが、直後から区長の携帯電話に抗議の電話やメッセージが殺到。ほとんど通話ができない状態に陥ったという。音を上げた区長は方針を撤回。30日午前に「少女像の設置に反対したことなどない」と語り、押収した像を市民団体に返還してしまった。
韓国は激烈な競争社会で、子供は小さなうちから受験戦争に巻き込まれる。「9割が泣いて1割が笑う世界」とも呼ばれ、ストレスを抱え込んだ人があちこちにいる。この怒りやむなしさを発散させてくれる場が、毎週土曜日に開かれている大規模な抗議集会だという話を、別の韓国の知人から聞いた。知人は「自分なんて、何もできないちっぽけな存在だと思っていたのに、集会の力が大統領を弾劾に追い込んだんだから、これ以上爽快なことはないよ」と語る。
この怒りがSNSを使った直接抗議、そして行きすぎた非難につながっているようだ。韓国国会では最近、議員を紹介する「国会手帳」から議員の携帯番号を削除するよう求める声も上がり始めたそうだ。
(朝日新聞社 牧野愛博)