●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2019年3月
韓国アイドルを巡る騒動
「やせたスタイル、白い皮膚、似たヘアスタイル」「音楽番組出演者は、みな双子なのか」――。韓国女性家族省が2月に発行した放送業界向け案内書をめぐって、「アイドル規制ではないか」との波紋が広がった。
波紋を呼んだのは、女性家族省が2月12日から放送業界に配布した「性平等放送プログラム製作案内書」。「音楽番組出演者の画一的な外見が深刻だ」と指摘し、「大部分がアイドルグループで、音楽性だけでなく、出演者の外見にも多様性がない」と主張。「体が露出する服装、似たメイク」を例示し、男性も女性も同じ傾向だとした。
この案内書の配布以降、「適切な例とは言えない」「アイドルの出演を阻むつもりか」といった苦情の電話が相次いだ。韓国の最大野党、自由韓国党からは「国民の外見まで干渉する国家主義の亡霊を糾弾する」というおどろおどろしい批判まで飛び出した。女性家族省は結局、アイドルの出演に関する例示を削除することになったという。
この事件は、ひとしきり韓国内で大きな話題を呼んだ。私の知人たちの意見の最大公約数は「まあ、指摘は間違っていないけれど、放っておけば良い問題だったのではないか」というものだった。需要があれば供給もあるわけで、社会的に害悪を垂れ流すような公序良俗違反でもない限り、お上が出てきてとやかく言うな、というわけだ。
会食した知り合いの学者は、別のプロジェクトで女性家族省の役人と一緒に仕事をしたことがあるという。この知人は「あいつら、世の中の感情というものを全くわかっていない」と言って怒っていた。女性家族省は、その名の通り、性差別や男女格差などの問題に取り組んでいる。
今回問題になった「性平等放送プログラム製作案内書」でも、「外見ばかりを重視した配役や演出をしない」「りりしい男性、おしとやかな女性というイメージを強調しない」などの指摘がなされていた。
知人は「確かに指摘には正しい点が含まれているけれど、やり過ぎると社会が萎縮してしまわないか。そんなにきれいごとだけの世界なんかつまらないじゃないか」とも話していた。知人が一緒に仕事をした人たちだけに限った話かもしれないが、女性家族省の高級官僚はエリートで、物事を理想主義で進めたがる傾向があるとも言っていた。
韓国は猛烈な競争社会で、子どもは小学校高学年になれば、午前零時まで勉強することもざらだという。学校が終われば学院(塾)に通わねばならず、クラブ活動や旅行もままならない。アイドルの外見に注文をつけた女性家族省の官僚も、そんな人生を送ってきたのだろうか。
(朝日新聞社 牧野愛博)