●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2018年11月 ホンパプ
少し前、ドラマ「孤独のグルメ」(テレビ東京系)の主人公、松重豊さんがソウルで記者会見を開いた。「孤独のグルメ」が韓国でも人気を集め、放送関係の賞を受賞することになったという。韓国では「孤独の美食家(ミシクガ)」というタイトルで、漫画が2010年に発売。計2巻が約2万8千部売れた。ドラマも数チャンネルで放映され、日本系ドラマでは高視聴率を得ているという。
「お一人様文化」が育ってこなかった韓国で人気が出たのは驚きだった。松重さんも「韓国には、みんなでワイワイ食べることで成り立っている食文化がある」と話す。
20年ほど前、家族を置いて1人で韓国に語学留学した際、一番困ったのは外食だった。当時は、朝と夜は下宿で食事が出た。昼もまあ、大学街だから1人での食事にそれほど問題はなかった。ただ、地方に出ると困った。週末になると、1人で全国をバス旅行したのだが、食堂に入ると、必ずいぶかしげな視線が飛んできた。テーブルに1人で座ると、ほぼ間違いなく、箸やスプーン、コップが2人分出てきた。あるときは、食堂に入ってしばらくした後、店のアジュンマ(おばちゃん)に「ところで、連れはいつ来るんだい」と聞かれて困った。
韓国で、食事は社会や家族の連帯を確かめ合う場所として機能してきた。「地縁」「血縁」「学閥」などが、今でも大きな影響力を持っている。知人の1人によれば、こうした会食の場で、就職や昇進、仕事の斡旋などの話がよく飛び交うのだという。
なぜ、そんな韓国で「孤独のグルメ」に人気が集まったのか。別の知人は「最近は、韓国でもホンパプ(1人=ホンジャ、で食べるご飯=パプ)がはやり始めている。番組が、ホンパプがいけないことではないんだと、市民権を与える根拠を示してくれたからだろう」と話す。確かに最近は、大勢で食べることが普通のカルビの食堂などでも、メニューに「ホンコギ(1人焼き肉)」を備えた店も出始めた。
社会も、少子高齢化による1人世帯の増加などで文化が変わってきた。深夜まで塾に通う小中高生らは夕飯を家で摂る時間がない。数年前、教育熱心な家庭が集まることで有名なソウル市内の地区に取材に出かけた。夕方、塾が始まる時間帯の直前、児童や学生がキンパプ(韓国海苔巻き)やハンバーガーをあちこちで「ホンパプ」していた。
ただ、これが果たして「孤独のグルメ」の主人公と同じ姿だろうか。
松重さんも記者会見で語ったように、会話に夢中で何を食べたかわからないような食事はつまらない。
でも、韓国で時折見かけるホンパプは、食事を楽しむというより、社会から疎外されたり、時間がなかったりした場合の「仕方がない選択」であるケースも多そうだ。私も、家族が一時帰国したときの週末にホンパプを迫られることがある。美味しいお店を探す心の余裕がないせいか、自炊か「ポジャン(持ち帰り)」に流れることが多く、なかなか、「孤独のグルメ」の主人公にはなれそうもない。
(朝日新聞社 牧野愛博)