●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2017年11月 ナロノブル
10月28日土曜日、ソウル市内で「ロウソク集会1周年」の記念行事が行われた。朴槿恵前大統領を巡る数々の疑惑を糾弾し、政権を退陣に追い込むことになった集会だ。新たに政権の座に就いた文在寅大統領の支持率は現在も7割近くを維持している。それだけ、朴前政権がしでかした失政に対する市民の怒りは大きかった。
しかし、ここに来て、その怒りのエネルギーが、韓国の足を引っ張っているようにみえる現象が起き始めている。
10月、中国で話題になっていた「無人コンビニ」がソウルにもお目見えした。これは入り口にあるキーに自分のクレジットカードを差し込み、認証されるとドアが開く仕組みだ。後は自分で買い物を済ませ、登録しておいたカードで決済する。監視カメラもあるし、カードは既に登録されているから、万引きなどの被害にも遭いにくいという計算が働いているようだ。
これは技術の進歩という側面も勿論あるのだが、背景の一つには「最低賃金の引き上げ問題」があるのだ、と知り合いの経済記者が話してくれた。
韓国では来年から、最低時給が6470ウォン(約650円)から、7530ウォン(約750円)に引き上げられる。実に16.4%もの引き上げだ。労働者に配慮する文政権の強い意向を受けた格好だが、ことはそんなに単純ではない。韓国では社会福祉制度が十分ではないため、退職後の生活のためなどにチキンの店やコンビニなどを経営する人が多い。資金がかからず、素人でも始めやすいからだ。当然、手持ちの金は多くないから、従業員は必要最低限のアルバイトを雇う。でも、賃金がいきなり16%も増えたらどうなるか。カツカツで経営してきたから、店の売り上げなど吹っ飛んでしまう。それなら自分や家族だけで働くか、店を閉めるしかない。それで無人コンビニの出番になるのだという。
実際、零細企業だけではなく、大手でも新規採用職数を抑える企業が相次いでいるのだという。文在寅政権のキャッチフレーズの一つは「働き口を作る政権」だったが、これでは本末転倒だ。
最近、韓国で流行り始めた言葉のひとつに「ナロノブル」という言葉がある。「自分(ナ)がやればロマンス(ロ)だが、おまえ(ノ)がやれば不倫(ブル)だ」という、自分勝手な都合の良い論理を揶揄した言葉だ。最近でも、文政権が閣僚に指名した人物が、平素は「金持ちの再生産につながる」という論理で、極端な遺産相続の制限を主張していたくせに、自分の中学生の子どもに家屋を生前贈与していたことが発覚。世のひんしゅくを買った。
韓国の世の中が「朴槿恵バッシング」の騒ぎから目が醒めるころ、改めて新しい混乱が生まれるのではないかと今から心配している。
(朝日新聞社 牧野愛博)