●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2023年1月
大学の自治と宮台氏襲撃事件
東京都立大教授で社会学者の宮台真司さんが2022年11月29日午後、八王子市にある南大沢キャンパス内で切りつけられ、重傷を負った。警視庁は12月12日、黒っぽい上下の服にオレンジ色に見えるニット帽をかぶった大柄の男の映像を公開した。この原稿を書いている12月末現在、残念ながら、犯人はまだつかまっていない。
警察官僚の知人は「警察の盲点を突かれた犯行だった」と語る。近年、都内23区などを中心に防犯カメラがあちこちに設置されている。犯行地点からリレー形式でカメラに映った犯人を追いかける捜査方法が定着している。「犯行地点を中心に、30秒後、5分後という具合に移動予測地点のカメラをしらみつぶしにする。そうすれば、次々に犯人の動きがわかる」という。かつての捜査では絶対的に必要だった「犯人しか知らない秘密の暴露」も不要になりつつある。「昔は、犯人だと立証する客観的な証拠が少なかった。だから、犯人しか知らない秘密の入手が必要たった」という。例えば、犯行現場に被害者の血痕がついたナイフが落ちていたとする。警察はそれを手に入れても、一切報道陣には漏らさない。被疑者が取り調べで「実はナイフで刺しました」と明かせば、それが「犯人しか知らない秘密の暴露」になり、有罪を立証する証拠になる。でも、今はカメラがあるから、それが全てを証明してくれるというわけだ。
知人は映像公開の理由について、「リレー式の犯人捜査が行き詰まったから、公開捜査に切り替えたということだろう」と語る。「キャンパスは大学自治の現場だ。防犯のため、設置をお願いしてもなかなか応じてもらえないことがある。事務局がOKしてくれても、教授会が反対するケースもある」という。日本では、最高裁が憲法23条の学問の自由とそこに含まれる大学の自治に言及した東大ポポロ事件(1952年)のように、大学の自治が非常に尊重されてきた。1960年代の日米安全保障条約を巡る学園闘争の歴史もあった。
知人は米国留学の経験がある。「米国にはユニバーシティ・ポリスという制度がある」と話す。大学警察でキャンパス・ポリスともいう。大学の公的な組織であるとともに、警察機関としても認められていて、逮捕権もある。大学で起きた事件はまず、ユニバーシティ・ポリスが担当する。許可がないと、州警察などは介入できないが、科学捜査などが必要な難事件になると、大学からの要請で初めて介入することになるという。知人は「これに対して、日本の大学には治安を維持する機能がない。大学の自治は大切なことだが、警察の捜査とどう両立させるかが難しい問題だ」と話す。
一方、知人によれば、公開捜査に切り替えれば、それなりに数多くの情報が寄せられるものだという。「それほど頻繁に服装を変える人はあまりいない。あの服装をみて、あいつじゃないかという情報が得られることも多い」と話す。大学の自治については、今後も考えていく必要があるとして、今は一日も早い犯人逮捕を望みたい。
(朝日新聞社 牧野愛博)