●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2022年11月
イランと南アフリカ、どちらが大変か
先日、イラン勤務を終えて帰国した知人と会った。「東京に戻ってこられてホッとした」という。テヘランの街には、マクドナルドやスターバックスのような西洋資本がまったく入っていない。知人の目には無味乾燥に見えた。銀行送金ができないから、生活費は全部自分で持ち込むしかない。
西洋社会と対立する国らしいこともたくさん経験したという。昨年6月、イランで大統領選が行われ、強硬派のライシ師が当選した。投票率は48.8%だった。当局は「史上最低の投票率だった」と認めていたし、北朝鮮のような「投票率99.9%」といったむちゃな発表でもない。でも、知人は「48.8%でも高すぎる」と主張する。知人の自宅の隣は小学校で、投票所になった。「ずっと見ていたが、ほとんど誰も投票所に来なかった。あれでは、実際の投票率は10%にも行かないだろう」という。
知人は休日を利用し、かの有名な世界遺産ペルセポリスを訪れた。ダレイオス1世が紀元前518年に建設を始めたアケメネス朝ペルシャの都だ。「整然とした都市設計や壮麗な宮殿跡など、見るべきものはたくさんある。でも、イランは観光事業にまったくやる気がない」という。有名な寺社仏閣の周りに土産品店や食堂が軒を連ねる日本とはまったく違う。
「一番つらかったのは何だったの」と聞くと、冬の寒さだという。知人が住んでいたマンションは結構な高級物件だった。だが、零下10度くらいになる冬の夜、たびたび停電するため、寒くて目が覚めたのだという。「イランはエネルギーには困っていないんじゃないの」と聞くと、知人は「いやいや、スモッグがひどくなると、大気汚染を避けるために発電を止めるんだよ」と嘆いていた。
世界は広く、それほど貧困国に見えなくても、住むのが大変な国がたくさんある。かつて南アフリカに住んでいた知人は「点と点を結ぶような生活だった」と教えてくれた。治安が良い場所から良い場所に移動して暮らすからだという。治安が守られている外国人居住区からショッピングモールへといった具合だ。「南アでは二重扉にしている家も多い。一番外側の扉と内側の扉の間に、小さな台を置いてそこに小額のコインや紙幣を置いておく」という。この知人は「押し入る時間が長引けば、通報されてつかまる可能性もある。二重扉の間にある小額のお金で妥協して引き返す犯人も結構多いと聞いた」と語っていた。かつて訪れたアラビア半島にあるイエメンでは、治安が極度に悪化したため、日本大使館職員は武装した警備会社に守られたホテルで合宿生活をしていた。
日本でも最近、電気代も物価も上がっている。年金の削減などという話も聞く。イランや南アフリカをみて、今の状況に満足してもいけないのだろうが、とりあえず、今の日本を作ってくれた、人生の先輩たちに感謝する気持ちになった。
(朝日新聞社 牧野愛博)