●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
※お願い※
取材裏話を寄稿してくださる牧野記者が、皆様の感想を楽しみにしております。是非、ご感想・ご意見・ご要望をお寄せください!牧野記者にお届けいたします。
牧野記者へお便り
2022年2月
宮仕え
北朝鮮が1月、7回にわたり、計9発のミサイルを発射した。人騒がせな話だが、首相官邸の危機管理を担当する人たちは大変だっただろう。
政府で働いていた知人に話を聞いたことがあるが、1995年の阪神大震災の折、「政府の対応が遅い」という批判が出た。当時の村山富市首相は公邸にいたが、テレビのニュースで地震発生を知った。首相官邸に出勤しても、誰も出勤していなかったという。それから、緊急時の体制作りが進み、今は「危機管理の担当者は事件発生から15分以内」「官房長官や関係省庁の局長らは30分以内」に、それぞれ首相官邸地下のオペレーションルームに集合するよう義務づけられたという。担当者たちは官邸から5キロ以内の場所の官舎に住み、スマートフォンから流れる「緊急事態発生」の通知を受け取ると、脱兎のごとく、自転車に乗って飛び出していく。「休日も自宅に帰れない」「風呂もおちおち、入っていられない」という話を聞いた。いつ呼び出しがかかるかわからないから、気が抜けなかったという。緊張が続くなか、彼らは今、頭が痛いだろう。
別の霞が関で働く友人は、1月になると憂鬱になる。通常国会が始まるからだ。友人が働く部署は、国会で質問がよく出る分野を担当している。この部署は、毎日、「国会当番」を決めている。国会当番にあたると、大臣や局長たちの国会答弁の書類を作る仕事を命じられる。でも、どんな答弁書をつくるかは、すぐにはわからない。質問する議員を回って、あらかじめ質問内容を聞き出す必要があるが、夜中まで教えてくれない議員もいるし、場合によっては抽象的なことしか言わない議員もいる。当番はひたすら質問が来るのを待ち、来たら従来の政府の立場と矛盾しないような答弁書を作る。質問が抽象的な内容だと、何通りも答弁書を作る羽目になる。答弁書をつくっても、すぐにOKが出るとは限らない。大臣の秘書官から「こんな答弁、大臣にはさせられない」というクレームが来ることもある。そんなやり取りをしていれば、終電で帰ることはまず不可能で、場合によっては朝までかかる。
特に最近は政治家の力が強くなっていて、「やらされる仕事」が増えているという。官僚たちが「自分たちが国を背負っているんだ」という気概が持てる仕事は数えるほどだそうだ。別の昔、霞が関で働いていた知人は「人間、自分がやりたいことをしているときは、徹夜してもそれほど疲れない。やらされる仕事ほど、疲れる仕事ははない。最近、後輩たちの元気がないので心配だ」とこぼしていた。
世の中、他人のことなど気にせず、勝手気ままにできる仕事などそんなにあるものではない。そうは言っても、最近は右を向いても左を向いても、「仕事がつまらなくなった」「仕事の負担が増えた」とぼやく知人ばかりのような気がする。仕事があるだけマシかもしれない。昭和は遠くになりにけり、というところか。
(朝日新聞社 牧野愛博)