●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2023年9月
ウソは身を滅ぼす
最近、知り合いの元自衛官が「米軍広報マニュアル」を翻訳して出版した。興味を引かれたので話を聞いてみた。米軍の広報マニュアルは分厚く、そして斬新なのだという。
米軍は戦後、広報を巡って苦い経験を積んできた。自由民主主義の国だから、当然報道の自由がある。ベトナム戦争でもそうだった。ナパーム弾で傷を負って逃げ惑う少女、戦争に抗議して焼身自殺した高僧など、様々な写真が米国内の反戦運動に火をつけた。ベトナム戦争当時のロバート・マクナマラ国防長官は回顧録でこう語った。「一国の最も深いところに潜んでいる力は、軍事力ではなく、国民の団結力にあります。アメリカはこれを維持するのに失敗したのです」
1980年代の湾岸戦争になると、情報が届く速度や送ることができる量が飛躍的に進歩した。米軍がイラク軍をミサイルで攻撃・破壊する様子が米CNNテレビなどを通じ、リアルタイムでお茶の間に届けられるようになった。もっとも、米軍は「報道陣の身の安全」を理由に見せたいものだけを見せている、という批判もあった。米軍特殊部隊が必死になって敵前上陸に成功すると、そこにはCNNのカメラクルーが待っていたという、冗談のような話も聞いたことがある。
そして現代。ロシア軍によるウクライナ侵攻は現場にいる市民一人一人が目撃者になり、発信者になった。ウクライナ政府はロシア軍の動きをつかんだら政府と軍に情報提供できる専用のアプリを作った。ロシアが(ウクライナもだが)、いくら当局に都合の良いプロパガンダを流しても、真実が色々な場所から伝わってくる。
米軍は10年ほど前、広報担当を総務部門から作戦部門に移したという。日本の会社をみても、普通広報部は総務関係に属していて、営業に属している組織はほとんどないだろう。なぜ、作戦部門なのか。知人は「広報は、作戦の一環なんですよ」と語る。
米軍のドローンが今年3月14日に、黒海上空でロシア軍機と衝突し、墜落した事件が起きた。米軍は事件発生からわずか2日後、ロシア軍機が燃料を放出しながら接近する様子を捉えた動画を公開し、「妨害してきたのはロシア軍だ」として、自分たちの正当性を主張した。知人は「トップシークレットの作戦上の映像をわずか2日で公開できたのは、広報を作戦の一環として捉えているからなんですよ」と語る。早く正確に伝えないと、敵が「米軍が攻撃してきた」という情報を流し、状況が悪化することもありうるからだという。
知人に「米軍広報マニュアル」の一番の肝は何かと聞いてみたら、「真実を伝える、ということですね」と教えてくれた。「もちろん、作戦の一環として偽情報を敵軍に流して混乱させることはあります。でも、一般市民向けの広報でウソは流しません。ウソを流して後で真実が明らかになったら、取り返しがつかないダメージを受けると知っているからです」。米軍も伝えたくない事はあるが、積極的に語らないことはあっても、事実を曲げて伝えることはないという。
知人は「日大アメフト部の大麻問題や、ビッグモーターの保険金不正請求の問題も、担当者が事前に米軍広報マニュアルを読んでいたら、ここまで大事にはならなかったかもしれませんね」と言って笑った。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)