●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
※お願い※
取材裏話を寄稿してくださる牧野記者が、皆様の感想を楽しみにしております。是非、ご感想・ご意見・ご要望をお寄せください!牧野記者にお届けいたします。
牧野記者へお便り
2018年2月 英語熱
韓国教育省が1月16日、廃止を目指した公立幼稚園での英語課外授業の扱いを当面保留すると発表した。韓国では若者の就職難もあって英語教育が過熱している。教育省は行きすぎに待ったをかけようとしたが、保護者から「金持ちばかりが有利になる」と猛反発を食らって方針を変更した。
韓国の街を歩いていて感じるのは、英語熱の高さだ。街の至るところに、「英語学院(塾)」の看板が立ち並び、街路灯にはよく「英語教えます」と言った手製の売り込みチラシが貼ってある。韓国では、2歳ごろから英語教育を始める家庭もあるという。確かに、若い人たちを中心に英語は非常にうまい。昔、知り合いから「日本人の英語は、植民地パルム(発音)と呼ばれている」と聞かされたこともある。文法中心の教育を受けているから、発音がたどたどしいという意味だった。
ただ、我も我もと英語を習おうとすると、どうしてもそこには所得格差の影が忍び寄る。知り合いの大学生に聞いてみると、中学生ぐらいで裕福な家庭の子は毎月、5~10万円を出してもらって英語の個人レッスンを受ける。まあまあ余裕のある家庭は2~3万円ぐらいで英語の塾に行く。それもままならない家庭は、1万円程度で英語の添削教育を受けるという。
だから、こうした格差を埋めたいという父母の要望を受け、公立幼稚園でも毎日約1~2時間、正規の授業とは別に外部の講師を招く課外授業を行っている。
教育省は幼少時の英語教育のヒートアップを憂慮し、公立幼稚園での課外授業の廃止をもくろんだが、逆に保護者の猛反発を食らう結果を招いた。大統領府ホームページの「国民請願コーナー」には「教育の自由もない共産国家だ」「公教育だけ制限してどうする」といった非難の書き込みが相次いだ。
大学生たちに言わせると、就職の現場では、企業が求めるTOEICの最低スコアが700点なのだという。知人の大学生は「良い会社に入りたかったら900点ぐらい取らなければだめです」と言う。私の大学時代の実力よりも遥かに高い水準!で、目をむいた。
韓国は「ヘル朝鮮」とか「金のさじ、泥のさじ」と言われるように、激烈な競争社会、格差社会。若い人たちは韓国社会に絶望し、移民や外資系会社への就職を夢見る。韓国の会社も「負けてはならない」と考え、自分の会社がいかに国際的に開かれた会社なのかをアピールする。だから、必要もないのに、入社時に高い英語力を求めてしまう傾向があるのだという。
とても素晴らしい英語力を苦しんだ末に身につけても、就職先の会社で英語を使う機会に恵まれない人も多いそうだ。韓国も努力が報われるような社会に少しでも近づければ良いなと思う。
(朝日新聞社 牧野愛博)