●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2023年10月
交通ルール
最近、20数年ぶりにインドを訪れた知人と話をする機会があった。「ニューデリー、随分と交通マナーが良くなっていて驚いた」という。20数年前は、自動車やオートバイなどが入り乱れ、混沌とした世界だったという。クラクションは辺り構わず鳴らす、歩行者のことなど何も考えない、そんな状態だったという。今回訪ねてみたら、随分様子が変わっていたという。知人は「さすが、G20(主要20カ国・地域)に入って、グローバルサウスのリーダー格と言われることはある。交通マナーはその国の成熟度をみるうえで、うってつけの尺度だね」と語っていた。
その話を聞いて、春先にワシントンに出張していた時のことを思い出した。私が横断歩道まで5メートルくらいの場所を歩いているのに、交差点の車はピタリと動かず、私が横断歩道を通り過ぎるのをずっと待っていた。あるとき、たまたま、横断歩道を横切ろうとした若い女性の前を、車が停止せずに突っ切った。この女性は中指を立てて車に向けて怒鳴っていた。女性がはしたないというのではなく、そのくらい、この車の行為が、米国基準の交通マナーから外れていたということなのだろう。
9月に2週間ほど出張したソウルの街は、私が留学していた20数年前に比べると随分とおとなしくなった気がした。バスに乗ったら、「停止するまで乗客の皆さんは席を立たないようにお願いします」という注意書きがしてあった。私がソウルに勤務していた10年ほど前、バスに乗っていたら、寝過ごしそうになった女性が停車とともに、ドアに走っていったが、間一髪でドアが閉まり、バスが出発してしまった。女性が「降ろしてください」というと、運転手は「あんたがドアの前で待っていないのが悪い」と言い放って、譲らなかった。
歩道を走るバイクの数も絶滅したとは言わないが、だいぶ減った。あるとき、支局の韓国人の同僚と歩道を歩いていたら、後ろから来たバイクに接触されそうになった。同僚は「韓国人として恥ずかしくないのか」と怒鳴ったが、バイクの運転手はニヤニヤしながら、行ってしまった。我が家の御用達のクリーニング屋アジョシ(おじさん)も歩道を堂々とバイクで走りながら、「アンニョンハセヨー」と挨拶する。悪いことだと思っていないわけだ。
ソウルの横断歩道は、ワシントンとは正反対で、昔は横断歩道を渡ろうとすると、近づいてきた車がスピードを上げて突っ込んでくることが日常茶飯事だった。それでも、最近は歩行者を見ると、停まってくれる車の姿もちらほら見かけるようになった。知人の大学教授は「まだまだ、この国のマナーは先進国並みとは言えない。Kマナー(韓国の人は、自分たち独自の文化にKをつけたがる)が必要だ」と言っていたが、少しずつマナーが良くなっているのを感じる。
それでは、日本はどうかと言えば、逆にマナーが悪くなりつつあるような気もする。最近では、「あおり運転」「自転車と歩行者の事故」などのニュースがしょっちゅう流れる。社会が徐々に暗くなり、ギスギスした雰囲気が広がっているようだ。そんな話を韓国の知人にすると、「いやいや、日本はまだまだ私たちのお手本だ。街は綺麗だし、人々はみな優しい。コロナが終わって、また日本に行けると、喜んでいる韓国人ばかりだよ」と話してくれる。いつまでもそんな祖国であり続けてほしい。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)