●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2020年11月
サンマの塩焼きと韓国
先日、サンマがどうしても食べたくなり、近所のスーパーで2匹買って、妻に料理してもらった。今年は夏に漁が解禁になった当初、不漁続きから値段が高騰しているというニュースを見て暗い気持ちになっていたが、幸い値段も下がったようで、大いばりで購入した。ところが、ここから先がいけなかった。私が「ソウルにいたときも、サンマもっと食べたかったな」とつい口を滑らせたからだ。韓国でも、サンマはコンチと呼ばれ(サンマの塩焼きはコンチグイ)、広く愛される魚のひとつだ。
では、なぜ妻に怒られたかというと、私がソウル在勤時代、ほとんど家事を妻に任せきりにしていたことが改めて浮き彫りになったからだ。妻に言わせれば、韓国では煮魚はともかく、サンマなどに代表される焼き魚料理は家庭で調理しにくい食材の代表なのだという。
というのも、韓国の一般家庭では、日本ではほとんど常備されているコンロの魚焼きグリルがない。韓国の人は家庭で焼き魚を料理しないことはないのだが、ほとんどフライパンで調理している。サンマのように脂がのっている青魚は、コンロで調理すればほどよく脂が落ちて、美味しく調理できるが、フライパンだとベチャッとした仕上がりになりがちで、妻はいつも悪戦苦闘していた。日本に一時帰国した時、よっぽど魚焼きグリルを買って帰ろうかと算段したのだが、ついつい取り紛れて買わずじまいだったという。というわけで、妻は「お前はいつも料理などしないから、私の苦労がわからないのだ」と大変お冠だった。
韓国は日本のお隣だけあって、魚をよく食する人々だ。代表的なものでは、韓定食に必ずでてくるクルピ(イシモチ)。塩で漬けて干したものだが、旧正月や旧盆など名節の前には、デパートやスーパーで、クルピが贈答品として売られているところをよく見た。コドゥンオ(サバ)も韓国人が好きな料理のひとつだ。ただ、良く考えてみると、韓国の人たちは焼き魚よりは煮魚にする場合が多かった気がする。大根などと一緒に辛く味付けした料理がよく一般家庭で出てきた。韓国の人は焼き魚も好きだが、家庭料理というよりは大衆食堂でよくみかけた。アジュンマたちが道ばたにコンロを出してサンマを焼いて、日本の焼き鳥屋よろしく、においで通行人を誘導していた。
匂いといえば、韓国の人もウナギは好きだ。ただ、日本とは随分食べ方が違っていて、食堂では細かい骨を十分に取らず、ぶつ切りにして甘いたれをつけて焼き肉よろしく、自分たちで焼いてよく食べた。値段は日本のものよりも随分安くて、ソウルの仁寺洞の路地裏にあるお店がお気に入りだった。
10月に入り、福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出を巡って、韓国が「放出を許すな」と激しく反発している。韓国は依然、福島県など関連地域産の水産物の輸入も禁じている。日本政府の知人たちは「処理水は国際的な基準を全て満たしている。韓国は感情的に反応しすぎだ」と怒っている。
同じ魚を愛する者どうしだ。韓国の人々には、どうか、風評に惑わされず、日本の本当の姿を知って欲しいと思う。
(朝日新聞社 牧野愛博)