●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2016年10月 オンシミ
9月末、2018年2月に冬季五輪が開かれる江原道平昌(スキー会場)と江陵(スケート会場)を視察した。
ソウル郊外のバスターミナルから出発して3時間弱。平昌は韓国で有数の寒冷地だけに、すでに気候は肌寒かった。スキーのジャンプ台や閉会式場、スケート場など施設をひととおり視察した。ジャンプ台の着地点は芝生が張られ、サッカーKリーグ2部のチームのホームゲーム場になっているのだという。これから作る施設もほとんどが完成率90%を超え、大会準備が順調に進んでいることを伺わせた。
ただ、覚悟はしていたが、特に平昌は「本当にここで五輪が開けるの」と思うほどの過疎地だった。平昌の街の中心部に高層ビルはほとんどない。食堂は小さくて、いわゆる「定食屋」のたぐいばかりだ。大会関係者は「すべての協議会場を、車で30分以内の距離に集約した」と胸を張るが、もともと建物などほとんどないのだから、それも可能だったのだろう。
ジャンプ台では五輪景気を当て込んだお土産品を売っていたが、名産のキノコの粉末を練り込んだキャンディーだった。果たしてこれが売れるのか。
ワゴン車を借りて、地元の運転手さんにあちこち連れて行ってもらったのだが、ナビゲーションは使わないし、言葉は韓国語しか通じない。本番に備えて、宿泊施設も視察したが、めぼしいホテルは大会本部が既に予約していた。
一泊5千円程度のモーテルぐらいしか残っていないが、それとて、「五輪ブーム」を当て込んで、五輪期間中はやれ1泊4万円だ、5万円払わないと泊まらせないなどと勇ましい言葉が飛び交う。地方ののどかな小都市に突然降ってわいた国際大会は、そこに済む人々の心を狂わせてしまったかのようだ。
協議会場やホテルの視察でヘトヘトになった後、「昼食でも摂って、少し休もう」という話になった。同行してくれた支局の韓国人職員に調べてもらったら、「オンシミの美味しい店がありますよ」と教えてくれた。オンシミは、江原道で最も親しまれている食材のジャガイモを使ったスイトンのような食べ物だ。焼いても煮ても美味しいという。
「それだ」ということになり、江陵市内のオンシミで美味しい食堂に駆け込んだ。ここの名物は、韓国風うどんの「カルグクス」にオンシミを入れたもの。カルグクスの麺も、普通は小麦粉を使うが、このお店は小麦粉麺とそば粉麺の2種類が入っている。歯ごたえのある麺に、これまたモチモチとした食感のオンシミが非常に合う。値段も一杯7千ウォン(約700円)で、大変お得だった。
どんな場所にも名物があるが、平昌五輪ではオンシミが世界の食通に知られる食べ物になるかもしれない。
(朝日新聞社 牧野愛博)