●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2019年10月
韓国の結婚式
先日、韓国の知人が休暇を利用して東京にやってきた。日本と韓国の関係悪化が指摘されるなか、訪ねて来てくれてありがたいことだ。日本と米国の知人も誘い、4人で蕎麦屋に出かけた。
席について開口一番、韓国の知人は「最近は気苦労が多くて大変だ」とこぼした。日韓関係の話かと思ったら、「次女が結婚するんだよ」と言う。
残りの3人が「おめでたい話じゃないか」「落ち込む必要がどこにある」と突っ込むと、「いやいや、カネの工面が大変なんだ」と言う。
下世話な話だけれど、友達同士だから許してもらい、「いったい、いくら必要なんだ」と聞いてみた。彼は指を広げて、片手で「これぐらいだよ」と言う。
「ふーん、500万ウォン(約50万円)か」と聞いたら、「いやいや、ケタが一つ違う」と言われた。彼は国家公務員で、確かに恵まれた方だとは思うが、それにしても500万円も必要なのかと、びっくりした。
韓国の知人によれば、それには結婚式の費用から新婚旅行、家具代、新居のチョンセなどが含まれるという。チョンセは、韓国特有の住居費用で、居住者が一定額の保証金を大家にまとめて払い、大家はそれを運用して利益を稼ぐ制度のことだ。居住者はその他の家賃は払わず、退去時にその保証金を返してもらえる。良いアパートになれば、2億ウォン(約2千万円)ぐらい必要になる。
「最近は、新婦の家が新郎にロレックスの腕時計を贈るのもはやっているんだよ」と言う。結婚指輪のお返しということらしいが、それでもお安くない。韓国の知人は「俺の腕時計の10倍以上の値段だよ」とぼやいた。
彼の家は新婦側だから、それでも新郎側の半分くらいの負担で済むのだという。新郎側は1億ウォン(約1千万円)ぐらいを負担するケースもざらにあるそうだ。
もちろん、親が全額面倒を見るというわけでもないだろうが、大変な負担だ。韓国では、結婚式の招待状を両家の親名義で発送するなど、まだまだ、「当人同士の結婚」というよりも「両家の結婚」という意識が強い。外聞を気にする文化も残っている。
いつだったか、韓国の政治家の娘の結婚式に呼ばれたことがあるが、新装開店祝いのような花輪が式場の壁一面に並んでいた。贈り主の名前をみたら、その政治家の関係者だった。主礼と呼ばれる、結婚式の司会をする人も政治家の知り合いで、新郎新婦の紹介よりも、新婦の親(政治家)の紹介の方が長くて、げんなりした。
私たち3人は、韓国の知人に同情しつつ、お嬢さんの将来に幸あれと、ささやかに冷酒で乾杯した。
(朝日新聞社 牧野愛博)