
●牧野愛博記者プロフィール●
1965年生まれ。91年朝日新聞入社。
瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金客員研究員、ソウル支局長などを経て、2021年4 月より朝日新聞外交専門記者(朝鮮半島・日米関係担当)。
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2026年4月
43年前に中曽根首相が揶揄した国
1983年6月、当時の中曽根康弘首相が参院選公示日の第一声で演説した。「何もしないでいると、フィンランドのようにソ連にお情けを請うような国になってしまう」。在日フィンランド大使館が「事実を反映していない」と外務省に申し入れ、中曽根首相がフィンランドのソルサ首相(当時)に、事実上、発言を撤回する親書を送る騒ぎになった。
当時、フィンランドは親ソ中立政策を取っていた。第2次大戦後、米国が提示した欧州復興政策「マーシャル・プラン」に参加しなかった。冷戦後の1995年に欧州連合(EU)に加盟したが、北大西洋条約機構(NATO)加盟は、ロシアがウクライナに侵攻(2022年2月)した後の2023年だった。
1950年代、こうしたフィンランドの姿勢を批判する声が上がった。フィンランドの政策について、「民主主義の国なのに、ソ連を批判せずに盲従している」として、「フィンランダイゼーション(フィンランド化)」という言葉を使って揶揄した。中曽根首相の頭にはこうした情報が入っていたのだろう。
3月、ヘルシンキに出張した。30分ほど歩けば、市内の主要官庁やターミナル、研究機関などの主要施設にすべて足を伸ばせるこぢんまりした街だった。外務省の戦略局長は「私はフィンランダイゼーションという言葉は嫌いだ」と話した。「実際にフィンランダイゼーションは行われなかった(ソ連に盲従していたわけではない)からだ」という。
確かにフィンランドは冷戦時代、ソ連の内政干渉を受けた。ソ連を批判する政治家は国会に進出できなかった。その背景には、第2次世界大戦の際に起きた冬戦争と継続戦争の結果、領土の10%をソ連に奪われ、約50万人が故郷を追われた歴史の痛恨事があった。フィンランドの専門家は「我々はソ連に併合されず、衛星国にもならずに済んだ。民主主義と市場経済を守った。フィンランダイゼーションは生き残るための道だった」と語る。
ヘルシンキではその一端を見ることができた。約5千人規模を収容できる地下シェルターを訪れた。片側一車線の道路幅の広さがあるトンネルが数百メートル続いていた。生物兵器や化学兵器、核兵器にも耐えられるよう、外気の濾過装置が稼働していた。こうしたシェルターが全国に5万5千カ所もある。人口カバー率は83%だという。専門家の一人は「1950年代からずっとシェルターを建設してきた積み重ねの結果だ」と語る。
2017年に冬戦争と継続戦争を描いた映画「アンノウンソルジャー 英雄なき戦場」が公開されると、全国民の2割にあたる100万人を動員した。専門家の一人は「フィンランド国民には、家庭の数だけ過去の戦争の物語がある」と語る。「いつも緊張してきたので、軍事的な議論にも慣れている」とも話す。確かに、フィンランドはNATO加盟のほか、2025年には対人地雷禁止条約からの離脱を決定。今年3月には、核兵器のフィンランドへの持ち込みを禁じた法律の改正方針を発表した。
この専門家は「フィンランダイゼーションは別の国で始まっている」とも語る。「米国や中国にものを言えない国が増えている」という。日本とフィンランドはロシアを挟んで東西の端に位置する。ソ連に侵略された共通の歴史も持つ。「女性進出」「幸福度」以外にも、日本がフィンランドから学べることは多いだろう。
朝日新聞社 牧野愛博(よしひろ)





















朝日新聞取材裏話2026年5月


